(現在のビキニ環礁。美しい島ですが、
かつての悲惨な歴史をどうやって受け継いでいくべきなのでしょうか)
(兼)第五福竜丸平和協会事務局長
鹿追町民ホール、2010年8月9日(月)
1954年マーシャル群島のビキニ環礁で操業していたマグロ漁船「第五福竜丸」は、アメリカの水爆実験で被爆し、死の灰にまみれながら母港の焼津に帰港しました。この事件は国内に大きな衝撃を与え、原水爆禁止運動の契機となりました。
その後「第五福竜丸」は、改造などの変遷を繰り返しましたが、廃船となり、東京の夢の島に捨てられていたそうです。しかし、有志による保存運動が奏功し、平和を願う人類のシンボルとして、夢の島に新たに「第五福竜丸展示館」が開館し、現在では、平和学習の拠点として、活動が展開されています。
その後「第五福竜丸」は、改造などの変遷を繰り返しましたが、廃船となり、東京の夢の島に捨てられていたそうです。しかし、有志による保存運動が奏功し、平和を願う人類のシンボルとして、夢の島に新たに「第五福竜丸展示館」が開館し、現在では、平和学習の拠点として、活動が展開されています。
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