「観るだけ美術部」部長のブログ

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あしたはきょうより、きっといい日。

[講演会]★土屋貴裕「国宝・鳥獣戯画 入門」

(国宝鳥獣戯画 京都高山寺展)

★土屋貴裕「国宝・鳥獣戯画 入門」

 北海道立近代美術館、2024年7月28日(日)14:00

(WEBサイト→)

artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp

event.hokkaido-np.co.jp

(『鳥獣戯画』、国宝、高山寺

 京都の高山寺には、中興開祖・明恵上人(1173年-1232年)にまつわる文化財が数多く伝わっています。12,000点にも及ぶ典籍文書、仏画を中心とする多種多様な絵画、優れた物師たちが手掛けた彫刻、明恵上人が生きた時代の息吹を感じさせる工芸品や建築など、驚くべき質と量を誇ります。本展では、明恵上人の生涯とその教えをたどりつつ、最も親しまれている国宝「鳥獣戯画」をはじめとする高山寺文化財の数々を紹介するとともに、それらの伝承を担ってきた高山寺という稀有な寺院の実像に迫ります。

高山寺石水院廂の間。善財童子像が安置されている)

 紀伊国在田(現在の和歌山県有田郡)に生まれ、おさなくして仏道に進んだ明恵上人は、建永元年(1206年)に後鳥羽上皇から栂尾(とがのお)の地を賜り、高山寺を再興しました。ひたむきに修業に打ち込み率先して範を示した明恵上人は、多くの弟子に慕われ、皇族や武家の要人からも支持を集めたと言います。それと共に、膨大な数の経典や絵画、彫刻などの宝物が高山寺に集まったのです。

土門拳高山寺開山堂明恵上人坐像、全身』、1965年、土門拳記念館)

 また、明恵上人は日本で初めて茶園を開いた人物としても知られており、高山寺境内の茶園は「日本最古の茶園」とも呼ばれています。1994年(平成6年)には明恵時代の唯一の遺構でもある石水院をはじめとする高山寺の寺域全体が、世界文化遺産に登録されています。

(『国宝 明恵上人像(樹上座禅像)』、鎌倉時代13世紀、高山寺

 高山寺に息づく明恵上人の精神は、時代を問わず様々な人々を惹きつけてきました。明治期の住職・土宜法龍(どぎほうりゅう)との往復書簡により思索を深めた南方熊楠(みなかたくまくす)、明恵上人の「茶恩」に報いようと高山寺に茶室と茶道具を寄進した近代数奇者たち、明恵上人の和歌をたびたび揮毫した川端康成、10年近くの歳月をかけて明恵上人への思いをつづった白洲正子、独自の視線で高山寺の細部を活写した土門拳など。本展では、近現代の文化人たちが明恵上人や、高山寺に向けた思慕や憧憬の様子も紹介いたします。また、永年にわたって高山寺の典籍文書を網羅的に調査研究している高山寺典籍文書綜合調査団の歴史についても紹介いたします。

 

※なお、こちらの掲載画像は、当ブログが独自に定めるガイドラインに基づき、美術展ナビさま(HP)よりお借りしました。

 

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