「観るだけ美術部」部長のブログ

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[SL探訪]★名寄キマロキ編成 蒸気機関車 59601号機、D51型398号機

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名寄市北国博物館のすぐ近くに静態保存されているキマロキ編成SL全景(5両、総延長75m))
 
キマロキ編成 蒸気機関車 59601号機、D51型398号機、マックレー車ロータリー車、緩急車
 
 名寄市の北国博物館前庭、旧名寄本線の鉄路上に野外展示されているSL排雪列車「キマロキ」は、全国で名寄だけにしかない機関車、マックレー車ロータリー車、機関車と車掌車の75mに及ぶ編成です。北海道の開拓が始まり、1900年(明治33年)には名寄にも開拓の鍬が入れられ、1903年(明治36年)9月3日に現在の宗谷本線が名寄まで開通しました。そして、機関区をはじめ保線区や車掌区、電務区などの関係機関が次つぎと開設されました。名寄市は鉄道の発達とともに歩んできたまちで、宗谷本線と、今は廃線となった名寄本線深名線の分岐点として、道北の交通、文化、産業の中心都市として発展を続けてきました。
 時代の移り変わりとともに、1975年(昭和50年)の12月で全国からSLの姿が消えましたが、名寄に配置されていて、道北の厳しい寒さと風雪を克服して活躍してきたSLを、国鉄当局(現在のJR)から、当時の排雪列車編成のまま貸与を受けることができました。
1976年(昭和51年)10月末に、その雄姿を再現して名寄公園の高台に展示保存をし、市民をはじめ広く皆様に親しまれてきました。その後、1989年(平成元年)4月に名寄本線廃線となり、その跡地を含めた地区に博物館の建設計画が進められました。これに合わせて1993年(平成5年)6月に、博物館前の旧名寄本線の線路上に移設展示をし、すぐ近くの宗谷本線を走る列車の中からでも、見ることができるようになりました。
 
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キマロキ編成の先頭車両。59601号機)
 
 「キマロキ」編成とは、機関車の(キ)、マックレー車の(マ)、ロータリー車の(ロ)、機関車の(キ)の順に連結された、排雪用編成列車のかしら文字をとって、名づけられたものです。雪の多い北海道や東北・北陸地方では、普通はラッセル式という逆V字型の羽根で、雪を両側にはねて線路の除雪をしますが、だんだんレールの両側に高い雪の壁ができて、ラッセル式では除雪が困難となり、列車の運行に支障をきたすようになります。そのような状態になったとき「キマロキ」編成の排雪用列車を出動させました。これには、機関区員や保線区員など数十名が分乗し、一致協力のもとに作業に当たりました。先頭の機関車が両側の雪の壁をくずしてかき集めるマックレー車を引き、その集めた雪を、ロータリー車が回転する羽根で遠くへ吹き飛ばし、そのロータリー車を、機関車が後押しをするという一連の作業できれいに除排雪をしたのです。
 「キマロキ」は1回出動すると1週間から10日くらい運転をしましたが、少しでも早く、不通となっている列車の運行をはかるため、厚く固い雪の壁との戦いは大変なものでした。その当時は、冬の道路の除雪が行われていなかったり、道路の状態も悪く自動車も少なかったので、生活の足は鉄道に頼っている時代ですから、この偉大な機械力に、鉄道関係者にはもちろん、沿線住民の信頼を受け、賞賛されていたものです。
 
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キマロキ編成の4両目車両。D51型398号機)
 
 こちらのSLは、名寄SL排雪列車(キマロキ)保存会の会員が、毎年、清掃・塗装を行い、きれいな状態を保っているもの自慢の1つです。日曜日、祝日の午後1時から3時頃までは、安全管理を兼ねて、会員が現地にいますので、車輌についての説明を受けることも出来ます。JR北海道は「北海道鉄道開業130周年」をきっかけに、民営化以来初の鉄道記念物の選定を行い、排雪列車「キマロキ」編成が準鉄道記念物に指定されました。(2012.8.11.探訪)
 
※なお、こちらの掲載画像は、当ブログが独自に定めるガイドラインに基づき、ブログ運営者がみずから撮影したものです。
 
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あしたはきょうよりもっといい日。