
函館市が誇る老舗洋食店で、全国的にもよく知られています。創業者は若山惣太郎で、1879年(明治12年)に富岡町でパン屋を始めたのが契機となり、のちに長崎県出身の初代料理長、五島英吉の協力を得て、旧桟橋付近でロシア料理とパン屋を開店させました。

1886年(明治19年)に初代店舗を焼失し、旧八幡坂下(末広町15)基坂下を経て、1907年(明治40年)に現在地へ移転。しかし1921年(大正10年)の函館大火でも全焼。翌年には再度再建されましたが、その店舗にはホテルも併設されていたそうです。

現在の建物は、1934年(昭和9年)の大火のあとに再建されたもので、現在でもレストランとして元気に営業しています。この建物は、戦後にGHQに接収されたこともあり、その当時の資料は併設している本店旧館資料室にも残されています。

外壁は胴蛇腹と軒下のデンティル程度が目立つ程度の簡素な装飾で落ち着きがあり、内装の格調高く重厚な建具や広間の照明器具、ステージのプロセニアム装飾などは建築当時からのもの。店内の大理石の階段上にはティファニー社のステンドグラスも残されていましたが、隣家の火災で割れたため、2代目となっています(これも趣きがあって素晴らしい)。

建物は1997年(平成9年)旧札幌控訴院(現在の札幌市資料館)と共に、道内初の国登録有形文化財となりました。

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