(画像は、松前藩戸切地陣屋跡に続くサクラ並木)少し終わりかけ。
★松前藩戸切地陣屋跡(北斗市)
箱根開港に伴う外国船渡来による、予測できない事態に備えて、松前藩が1855年(安政2年)に陣屋を構築、守備に当たった場所。四稜郭の郭内に17棟の建物があり、約120人で守備していたと言います。現在、この陣屋跡に続く道は、北斗市を代表する桜の名所として知られ、「陣屋桜」として有名です。陣屋に続く道の両側に桜が植えられ、まるで桜のトンネルのような美しさです。
この陣屋は、松前藩が蝦夷地の警備強化策として、松前藩砲術師範藤原主馬の設計によって築いたもの。そのきっかけとなったのは、前年1854年(安政元年)の箱館港開港。外国船がやってくるようになるため、函館湾を一望できるこの地に、約4ヶ月をかけて陣屋を築いたと言います。標高70m。上から見た形状は、洋式築城形式の四稜郭であり、そのうち東側の角が突き出ている形。その突起部分に、6つの砲座があったとされています。
周囲には土塁が高さ約3mで築かれ、深さ約3mの堀も掘られたようです。表側の門は南側であり、現在の入口でもあります。17棟の建造物のなかには、足軽や諸士・備頭・目付の詰所、馬屋、道場、武器庫・大砲・鉄砲入などがあったとされています。しかし、この陣屋は、1868年の箱館戦争の際に、松前軍がみずから焼き払ってしまいました。したがって、現在は跡地であり、建物は存在していません。
現在は、国指定史跡(1965年3月18日指定)です。駐車場は、砂利道だが広く整備されています。桜並木が続く先に、陣屋跡の入口がある。この入口は、「追手門」と呼ばれ、木造で再現されています。土塁も再現されています。敷地内にも桜の木々があります。5月には「陣屋桜まつり」というイベントも開かれ、多くの観光客で賑わいます。
★松前藩戸切地陣屋跡(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E5%88%87%E5%9C%B0%E9%99%A3%E5%B1%8B